大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 平成4年(ワ)625号 判決 1992年10月06日

主文

一  原告と被告全員との間において、別紙敷地目録記載上土地につき、原告が一八七八八七分の八〇四〇の、被告一ないし三七がそれぞれ別紙建物目録一ないし三七の各敷地権の割合の分子を各分子とし、分母を一八七八八七とする共有持分権を有することを確認する。

二  被告一ないし三七は、原告に対し、第一項記載土地について、錯誤を原因として、分母をいずれも一八七八八七とし、原告は分子を八〇四〇、被告一ないし三七はそれぞれ別紙建物目録一ないし三七の所有権(敷地権の割合)の分子を各分子とする各所有権(敷地権の割合)更正登記手続をせよ。

三  被告三九ないし五四は、原告に対し、第二項の各所有権(敷地権の割合)更正登記手続をすることを承諾せよ。

四  当事者間において原告所有の別紙建物目録三八記載建物の床面積が八〇・四〇平方メートルであることの確認を求める本件訴えを却下する。

五  原告のその余の請求を棄却する。

六  訴訟費用は被告らの負担とする。

理由

【事 実】

第一  請求の趣旨

一  被告一ないし三七は、原告に対し、別紙建物目録記載建物につき、敷地権を分離して処分可能な旨の規約設定に同意せよ。

二  被告一ないし三七は、原告に対し、別紙建物目録記載建物につき、その敷地たる別紙敷地目録記載土地(以下「本件敷地」という。)が敷地権たる旨の登記の抹消登記手続をせよ。

三  当事者間において、原告所有の別紙建物目録三八記載建物の床面積が八〇・四〇平方メートルであること、本件敷地の原告共有持分割合が一八七八八七分の八〇四〇であること、被告一ないし三七各所有の本件敷地の各々共有持分割合がいずれも分子を現状のままとして分母が一八七八八七であることを、確認する。

四  被告らは、原告に対し、本件敷地について各所有者(共有者)の共有持分割合を、原告については一八七八八七分の八〇四〇、被告一ないし三七については分子を現状のままとして分母のみを一八七八八七、と更正することを承諾せよ。

五  被告一ないし三八は、原告に対し、本件敷地について、錯誤を原因として、各所有者(共有者)の共有持分割合を、原告については一八七八八七分の八〇四〇、被告一ないし三七については分子は現状のままとして分母のみを一八七八八七とする所有権(敷地権割合)更正登記手続をせよ。

六  訴訟費用は被告らの負担とする。

第二  原告の請求原因

一1  原告は、別紙建物目録記載建物(区分所有マンション)のうち三八記載の専有部分と同敷地の共有所有権を所有するものである。

2  被告らのうち一ないし三七は、別紙建物目録記載建物(区分所有マンション)のうちそれぞれ一ないし三七記載の専有部分とこれに附属する敷地の共有所有権を所有するものである。

3  被告三八は昭和六一年に、右区分所有マンションを建築し、原告及び被告一ないし三七に分譲した売主である。

4  被告らのうち三九ないし五四は、右原告及び被告一ないし三七の各所有する右建物(敷地権付)に対して担保権を有するものである。なお、各不動産の担保権者と同取扱店は、別紙建物目録記載のとおりである。

二  右区分所有マンション(以下この一棟の建物及び全体の敷地権を一括して「本マンション」という。)は、被告三八が建築のうえ分譲したものであつて、原告及び被告一ないし三七はいずれも被告三八から本マンションの区分所有権移転を受けたものである。但し、登記簿上においては売主たる被告三八において敷地権表示を含む表示登記までをなし、甲区欄においては各譲受人が区分建物の所有権保存登記をなす形式をとつている。

三  本マンションの敷地所有権は、各区分所有者間において共有とされ、その共有持分割合は建物全体の専有部分面積に対する各区分所有者の専有面積割合とされていた。これはかかる分譲マンションの分譲にあたつての通例であるばかりでなく、本マンションの売買契約書によれば、売買目的物件としては土地一筆と専有建物及び共用部分建物が表示され、建物の専有部分に属さない建物部分、建物の設備及び附属物、規約共用部分、その他附属施設及び構築物等の共有部分の共有持分は建物全体の専有部分面積に対する買主の買受ける区分建物専有部分面積の割合とされていることからも明白である。

四  しかるに、本マンションの表示登記申請時に、申請を代理した土地家屋調査士の手違いから、原告が所有権移転を受けた六〇二号室についてのみ床面積を八〇・四〇平方メートルとすべきところを七〇・一六平方メートルとして申請してしまつた。このために、右六〇二号の区分所有建物について床面積の表示が相違したのみならず、敷地権割合についてもこれに伴う相違が発生してしまつたのである。即ち、原告の六〇二号室の面積が真実より減少して登記されたことにより建物全体の専有部分面積合計がその分だけ減少することとなり、結果として各区分所有者の敷地権の割合について分母がその分だけ減少して登記されてしまつたのである。このため、各区分所有者について本来なら敷地権の割合の分母が一八七八八七となるべきところ誤まつて一八六八六三として表示登記されてしまつた。

五  このため、原告は土地家屋調査士を通じて登記官に対して右表示登記の更正を求め、専有部分建物表示については昭和六二年二月九日付で錯誤を原因とし床面積を八〇・四〇平方メートルとする更正登記がなされたが、敷地権割合については更正登記が得られない。この理由は、一つには建物床面積の訂正は原告に関する登記の更正のみで足りるが、敷地権割合に関する訂正は他の区分所有者についても行わなければならないこと、一つには抵当権者等利害関係者の同意を得る必要があることにある。

以上の事情から、かねて原告及び土地家屋調査士はとりあえず各区分所有者に事情を説明して、右登記の是正方につき協力を求めきた。その方法としては、敷地権の分離処分可能規約設定とこれにもとづく敷地権割合の更正登記による是正という方法をとり、この旨の書類に実印の捺印を依頼してきたものである。しかしほとんどの区分所有者には事情を了解頂き捺印を頂いたが、ごく一部の所有者にはまつたく了解を得られない。また、この方法による場合は区分所有者及び抵当権者等の全員の協力なくしては登記の是正は不可能であり、かつ印鑑証明書の発行日付が区々になり三か月以上を経過した場合にもこの方法は無効となつてしまう。このためやむなく関係者全員に対して本訴提起のうえ、請求の趣旨とおりの判決を得て登記官に更正登記を求める方法をとることとしたものである。

第三  被告らの答弁

一  被告ら三六名訴訟代理人中村良三外一名

1  本案前の答弁

(一) 請求の趣旨第一項について

原告は、被告ら一ないし三七に対し、区分所有マンションの専有部分と敷地利用権とを分離して処分可能な旨の規約設定を求めているが、分離処分可能規定設定の規約変更は、区分所有者及び議決権の四分の三以上の多数による管理組合集会決議によるか、または区分所有者全員の書面による合意によつて行なうことができるのであり、分離処分可能規約を設定するかどうかは区分所有者の自治に任されるべきものであり、裁判権が及ばない。請求の趣旨第一項は不適法で却下すべきである。

(二) 請求の趣旨第二項、同第四項及び同第五項について

(1) 区分所有マンションについての本件敷地が敷地権たる旨の登記の抹消、本件敷地についての共有持分割合の更正及び本件敷地についての所有権更正登記手続は、敷地利用権分離処分可能規定設定の規約変更がなされなければできないので、請求の趣旨第一項が不適法で却下されるならば、請求の趣旨第二項、同第四項及び同第五項も訴えの利益がなく不適法として却下すべきである。

(2) 敷地権が敷地権でない権利となつたことによる建物の表示の変更登記は、表示に関する登記であり登記官が職権をもつて行うことができ(不動産登記法第二五条の二)、さらに、敷地権たる旨の登記の抹消は、敷地権が敷地権でない権利となつたことによる建物の表示の変更の登記に伴い職権でなされるのであるから、請求の趣旨第二項は訴えの利益がない。

(三) 請求の趣旨第三項について

確認訴訟である請求の趣旨第三項を、給付訴訟である請求の趣旨第一項、同第二項、同第四項及び同第五項と併合して提起する確認の利益はなく、却下すべきである。

2  本案の答弁

(一) 請求原因一の事実のうち、2及び4の各事実のうち被告ら三六名に関する部分は認めるが、その余は知らない。

(二) 同二の事実のうち、被告ら三六名に関する部分は認めるが、その余は知らない。

(三) 同三の事実は認める

(四) 同四の事実は知らない。

(五) 同(五)の事実は争う。

(六) 敷地権利用権分離処分可能規定設定の規約変更に同意するかどうかは区分所有者の自由であり、被告ら三六名が右規約変更に同意すべき義務は全くない。

よつて、原告の本訴各請求は失当である。

二  被告三九

請求原因事実に対する認否はしない。

三  その余の被告ら

適式な呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面せ提出しない。

第四  証拠《略》

【理 由】

第一  被告ら三六名及び被告三九の事実関係について

一  被告三九は、「請求原因事実に対する認否はしない。」と陳述するけれども、弁論の全趣旨に徴すると、原告主張の請求原因事実を争つていると解せられるので、以下被告三六名とともに証拠に基づいて判断することとする。

二1  《証拠略》によれば、請求原因一の事実が認められる。

2  請求原因一の事実のうち、2及び4の各事実のうち被告ら三六名に関する部分は、当事者間に争いがない。

3  《証拠略》によれば、請求原因一3の事実が認められる。

三  請求原因二の事実のうち、被告ら三六名に関する部分は、当事者間に争いがない。

四  同三の事実は、当事者間に争いがない。

五  《証拠略》によれば、請求原因四、五の各事実が認められる。

第二  その余の被告らの事実関係について

民訴法一四〇条三項本文、一項本文により、その余の被告らは、請求原因事実全部を自白したものとみなす。

第三  当事者の主張に対する判断

一  本件において、原告が所期の敷地権更正登記手続の目的を達成するためには、その前提として、本マンション本件敷地が敷地権たる旨の登記(以下「敷地権登記」という。)の抹消登記を経由しなければならない。

二  本マンションは、昭和六一年に建築されたものであるから、昭和五八年法律五一条による改正後の建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)の適用を受けるところ、同法二二条一項本文によれば、区分所有者は、その有する専有部分とその専有部分に係る敷地利用権とを分離して処分することを禁止されている。

そして、専有部分に係る敷地利用権につき敷地権割合を減少させることは、右に禁止される処分に当ると解せられる。

しかし、あらゆる専有部分について、またいかなる場合にも強制的に右分離処分の禁止規定を適用することは適当でないと解せられ、その適用除外は、実情と必要に応じて、区分所有者の合理的な意思によつて決することができるようにするため、規約で分離して処分することができる旨を定める途がひらかれている(同法二二条一項但書)。

本件のように、当初当該専有部分の建物の床面積の記載を錯誤により誤つた場合に、右床面積の変更登記を経由したのちに、当該専有部分の敷地権割合の増加により本来あるべき正当な敷地権割合の変更登記(更正登記)を実現するためには、本マンションにつき敷地利用権を分離し、各区分所有者よりそれぞれの敷地利用権の一部譲渡(処分)を受けるほかないような場合も、前記適用除外の合理性があるといわなければならない。

三  この点に関し、区分所有法は、(分離処分可能)規約の設定は、区分所有者及び議決権の各四分の三以上の多数による集会の決議又は区分所有者全員の書面による合意によつてするものと定めている(同法三一条一項前段、四五条一項)。

四  従つて、右集会の特別決議又は全員の書面決議によつて分離処分可能規約が設定されるわけであつて、右各決議以外に右規約設定の途は存しない。

しかし、各区分所有者は、それぞれ専有部分の床面積の割合に応ずる議決権を有するのであつて(同法一四条)、集会においてこの議決権を自由に行使することができ同法中には、特定の区分所有者の利益のために行使し、あるいは書面決議をしなければならない義務・拘束を認める規定は見当たらない。

従つて、右義務の存在を前提とする前記規約認定同意請求権なる実体法上の請求権は、その前提を欠き認めることができない。

五  それ故、原告の被告一ないし三七に対する区分所有マンションにつき敷地権を分離して処分可能な旨の規約設定に同意を求める請求は、その前提を欠き失当であるからこれを棄却すべきである。

六  分離処分可能の規約の設定により敷地権が敷地権とならなくなつたことにより敷地権の登記を抹消(変更)登記を申請すべき場合には、その規約を証する書面を添附して申請すれば(不動産登記法九三条の六第一項)、登記官は、職権をもつて、敷地権たる旨の登記を抹消することとなる(同法九三条の一六第一項)。

七  このように、敷地権たる旨の登記の抹消は、登記官が職権をもつて行なうものであり、実体法上の抹消登記請求権は認められていない。

八  従つて、原告の被告一ないし三七に対する区分所有マンションにつきその敷地たる本件敷地が敷地権たる旨の登記の抹消登記手続請求は、その前提を欠き失当であるから、これを棄却すべきである。

九  原告は、被告らとの間において、原告所有の専有部分の床面積が八〇・四〇平方メートルであることの確認を求めているけれども、これは単なる事実の確認を求めているにすぎず、また前記第一、第二認定のとおり、昭和六二年二月九日付でその旨の建物の表示の更正登記がなされ、すでにその旨の公示の機能を発揮しているので、訴の利益はないから、右確認の訴えは不適法であるので、却下することとする。

一〇  前記第一、第二認定のとおり、原告の専有部分の真実の床面積は八〇・四〇平方メートルであり、被告一ないし三七の各専有部分の床面積はいずれも別紙建物目録の床面積欄記載のとおりである。

従つて、区分所有マンションの専有部分の総床面積は、一八七八・八七平方メートルとなることが明らかである。

一一  そして、区分所有法一四条一項によれば、各共有者の持分はその有する専有部分の床面積の割合によることとされているから、原告の共有持分は一八七八八七分の八〇四〇となることが明らかである。

また、被告一ないし三七の各共有持分はいずれも分母を一八七八八七とし別紙建物目録一ないし三七の敷地権割合の分子を各分子とするものとなることが明らかである。

一二  従つて、原告の被告らに対する本件共有持分権存在確認請求は理由があるから、これを認容すべきである。

一三  被告一ないし一三の真実の各共有持分は、前記一一判示のとおりであるところ、前記第一、第二認定のとおり、右被告らは、別紙建物目録「敷地権の割合」欄記載の共有持分を有する旨の表示登記を経由しているから、同共有持分の差は無権利であり、これを原告の所有に属するというべきであるから、右被告らは、原告に対し、錯誤を原因として、別紙敷地目録記載土地につき、分母をいずれも一八七八八七とし、原告は分子を八〇四〇、被告一ないし三七は別紙建物目録一ないし三七の敷地権割合の分子を各分子とする各所有権(敷地権の割合)更正登記手続をなすべき義務を負うことが明らかである。

一四  従つて、原告の被告一ないし三七に対する右更正登記手続を求める本訴請求は理由があるから、これを認容すべきである。

一五  被告三八は、前記第一、第二認定のとおり、登記簿上無権利者たることが明らかであるから、本件更正登記請求権の登記義務者たる地位を有せず、原告の同被告に対する更正登記請求権は不存在であるから、原告の同被告に対する本訴更正登記手続請求は、その前提を欠き失当であるので、これを棄却すべきである。

一六  被告三九ないし五四は、前記第一、第二認定のとおり、本マンションにつき、いずれも(根)抵当権設定登記、抵当権設定仮登記を有する担保権者であるから、前記一三、一四判示の更正登記によりその権利を害せられることが明らかであるので、不動産登記法一四六条一項所定の利害関係人に該当するというべきであり、前記更正登記を承諾すべき義務を負うといわなければならない。

しかし、被告一ないし三七については、前記一三、一四で判示したとおり更正登記手続義務を負うので承諾請求の相手方とはなり得ず、また、被告三八は、前記一認定のとおり、現在本マンションにつき何ら登記を有していないから、右承諾義務を負うべきいわれはない。

一七  従つて、原告の被告三九ないし五四に対する本訴承諾請求は理由があるからこれを認容し、その余の被告らに対する本訴承諾請求は失当であるからこれを棄却することとする。

一八  よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 辰巳和男)

《当事者》

原 告 粟谷清志

右訴訟代理人弁護士 大塚 明 同 神田靖司 同 中村留美

被告一 湯浅知子 <ほか六〇名>

右被告一ないし三、四の一、二、五、八、九の一、二、一一ないし一三、一五ないし二二、二三の一、二、二四ないし二六、二七の一、二、二八ないし三〇、三一の一、二、三二、三五、三六、三七(以上被告ら三六名)

訴訟代理人弁護士 中村良三 同 持田 穣

右被告三九訴訟代理人弁護士 光辻敦馬

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例